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更新日:2020年11月11日

「旧藤澤カントリー倶楽部クラブハウス(グリーンハウス)」「福岡家住宅橐駝庵」「龍口寺 妙見堂・大書院・鐘楼・手水舎」が国の登録有形文化財になります

 概要

 文化庁の文化審議会は、令和2年11月20日(金)開催の同審議会文化財分科会の審議・議決を経て、本市に所在する「旧藤澤カントリー倶楽部クラブハウス(グリーンハウス)」「福岡家住宅橐駝庵(たくだあん)」「龍口寺 妙見堂・大書院・鐘楼・手水舎」を登録有形文化財(建造物)に登録するよう文部科学大臣に答申しました。

 これにより、藤沢市における登録有形文化財の建造物は、19箇所39件となります。

旧藤澤カントリー倶楽部クラブハウス(グリーンハウス)について(現在新型コロナウイルス感染症対策のため非公開)

歴史(由緒・沿革)

 小田急線善行駅東側に位置する神奈川県立スポーツセンター内に立地しています。

 グリーンハウスは、藤澤カントリー倶楽部のクラブハウスとして竣工しました。外国人招致のためにも理想的なクラブハウスを建設することを目指し、設計を戦前戦後を通して日本の建築を先導したアントニン・レーモンドに委嘱しました。

 戦前は日本プロ選手権や日本オープン選手権なども開催されるゴルフ場でしたが、第二次世界大戦中にはゴルフ場は閉鎖され、藤沢海軍航空隊の司令部として利用されました。

 終戦に伴い、戦後はクラブハウスを中心とするゴルフ場跡地一部に藤沢市営競技場が設けられ、その後、県に移管され、現在は神奈川県立スポーツセンターの1施設として供用されています。

建物の特徴

 昭和初期に流行したいわゆるスパニッシュ様式の特徴を持っています。切妻青緑色スパニッシュ瓦葺屋根をはじめ、車寄せポーチや1階南面の半円アーチ、階段手摺、開口部手摺などのアイアンワークや妻面の教会建築の薔薇窓を想起させる丸窓や化粧小屋組、南東に置かれた円筒形の階段室などを含め、極めて印象的で力強い造形となっています。また2階床のモザイクタイルはレーモンドの妻ノエミの作とされます。戦前のゴルフクラブハウスとしても希少な存在です。

 

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 福岡家住宅橐駝庵について(非公開)

歴史(由緒・沿革)

 福岡家は近世には土佐藩に家老格で仕えた家柄です。現当主の曽祖父に当たる福岡孝弟は、後藤象二郎、板垣退助らと共に藩の殖産興業や公武合体運動に尽力、五箇条の御誓文の起草にも参画し、明治維新後は新政府に参与として出仕しました。

 福岡家住宅は孝弟の子息の病気療養のため構えたもので、孝弟の号に因んで橐駝庵と命名しました。イギリス留学から帰国時に持ち帰ったアカシアの木を邸内に移植し、周囲から「アカシア屋敷」と呼ばれたといいます。現在もアカシアが庭に残るほか、建物の内装の一部にもアカシアが用いられています。

建物の特徴

 福岡家住宅橐駝庵は、木造平屋、寄棟造・茅葺で、東面して建ち、北西に短い廊下を介して、木造平屋・切妻造・鉄板葺の玄関を接続しています。桁行5間半・梁間3間半ですが、茅葺屋根を西・南側に半間張り出し、皮付丸太の柱で支えて土庇風となっています。

 板間は、細竹を詰め打ちした勾配天井を設けています。孝弟の子息が留学していたイギリスのカントリーハウスへの憧れから、小屋組を見せる勾配天井を採用し、漆喰塗りの代わりに竹を詰め打ちにしたと伝わり、非常に大胆で美しい造形になっています。

 和室は竹簀子天井で、西面に床の間を設け床柱と落掛に皮付丸太を使用しており、侘びた風情が演出されています。fukuoka

龍口寺 妙見堂・大書院・鐘楼・手水舎について(内部非公開)

歴史(由緒・沿革)

 龍口寺は、日蓮宗の本山であり、日蓮上人が文永8年(1271)に遭遇した「龍の口の法難」の地に所在しています。

 「新編相模国風土記稿」によると法難から間もない弘安年間(1278~1287)の創立とし、寺伝では延元2年(1337)に日蓮の直弟子・日法が一堂を建立、日蓮像を安置したことが始まりとされています。

建物の特徴

妙見堂:山門の北西に東面して建っています。規模は梁間3間・桁行4間、屋根は入母屋造・銅板葺の妻入の堂で、正面(東面)に間口10尺の向拝を設けています。平面は、西側に奥行1間の須弥壇を設け、正面半間のみ板敷、他を畳敷とし、正面と北側1間のみ切目縁を廻しています。

大書院:山門の東側のやや小高い位置に西面して建っています。梁間8間・桁行11間半の2階建ての正面に、奥行2間の寺務所・玄関を付し、さらに間口2.5間・奥行2間の式台を付け、その三方に幅5尺の土庇を廻らせた構成で、規模が極めて大きいものになります。屋根もこの平面に従い、巨大な瓦葺・入母屋屋根の前面に、寺務所・玄関部分の切妻屋根、式台の入母屋屋根が順に重なり、屋根勾配も7寸・6寸・8寸と変化を付けています。この豪壮な屋根がこの建物の最大の特徴です。

鐘楼:鐘楼は、本堂の東南に位置し、南北に棟を向けて建っています。現在の鐘楼は、明治14年(1881)建築の鐘楼を中山法華経寺(千葉県市川市)から昭和44年(1969)に移築されたものです。木造の方一間の吹き放し形式で、梁間4.25m・桁行5.0m、入母屋造・桟瓦葺の屋根を架けます。軒は二軒繁垂木で出が深く、反りが強いものになっています。

手水舎:手水舎は、山門の北東側、妙見堂の向かいに西面して建っています。梁間7尺(2.1m)・桁行8尺(2.5m)の吹放し形式で、屋根はむくりの強い切妻造・桟瓦葺です。意匠は頭貫の木鼻は「波に亀」、妻飾に丸彫で雲龍の彫刻を飾るなど幕末らしい技巧性が随所にみられます。水盤の銘から、慶応3年(1867)ごろに地元片瀬の石工・秋元菊治郎が施工したことが知られています。myoukendou

 (妙見堂)

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 (大書院)

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 (鐘楼)

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 (手水舎)

 


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生涯学習部 郷土歴史課

〒251-8601 藤沢市朝日町1番地の1 本庁舎8階

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ファクス:0466-50-8432

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