耳より情報

2020 年(ねん)オリンピック・パラリンピック東京大会(とうきょうたいかい)を
みんなで応援(おうえん)しよう!

 2020年(ねん)に東京(とうきょう)でオリンピック・パラリンピックが開催(かいさい)されることが決(き)まりました。世界中(せかいじゅう)からトップアスリートや応援(おうえん)する人(ひと)がたくさん 日本(にほん)に訪(おとず)れます。みんなも一緒(いっしょ)に楽(たの)しみましょう!

◎ 「未来(あした)をつかむ東京(とうきょう)オリンピック・パラリンピック
藤沢市(ふじさわし)誘致(ゆうち)・支援委員会(しえんいいんかい)」が結成(けっせい)されました!

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 藤沢市(ふじさわし)では、市(し)や大学(だいがく)、いろいろな企業(きぎょう)が集(あつ)まって、「未来(あした)をつかむ東京(とうきょう)オリンピック・パラリンピック藤沢市(ふじさわし)誘致(ゆうち)・支援委員会(しえんいいんかい)」が作(つく)られました!

 海外(かいがい)からやってくる選手(せんしゅ)や観光客(かんこうきゃく)のおもてなしをしたり、藤沢市(ふじさわし)から出場(しゅつじょう)する選手(せんしゅ)の応援(おうえん)をします。

 オリンピック・パラリンピック東京大会(とうきょうたいかい)をきっかけに、世界中(せかいじゅう)の人(ひと)が「藤沢(ふじさわ)ってすてきな場所(ばしょ)だな!」と思(おも)ってもらえるように、みんなでがんばりましょう。



☆いろいろな国(くに)の人(ひと)が、藤沢(ふじさわ)に来(く)るかもしれないね!☆

☆藤沢市(ふじさわし)にゆかりのある選手(せんしゅ)が活躍(かつやく)するかもしれないね!☆

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50年前(ねんまえ)にタイムスリップ!

1964年(ねん)の東京(とうきょう)オリンピックのときはどうだったの?

☆藤沢(ふじさわ)でヨット競技(きょうぎ)が開催(かいさい)されたよ!

 1964年(ねん)に開催(かいさい)された東京(とうきょう)オリンピックでは、江(え)の島(しま)でヨット競技(きょうぎ)が行(おこな)われ、40カ 国(こく)から281人(にん)の選手(せんしゅ)が参加(さんか)しました。

 この大会(たいかい)以来(いらい)、藤沢(ふじさわ)のヨットハーバーは全国(ぜんこく)で有名(ゆうめい)になり、たくさんのヨットレースが行(おこな)われるようになりました。今(いま)でも藤沢(ふじさわ)はヨット(セーリング)競技(きょうぎ)がとても盛(さか)んです。

藤沢(ふじさわ)の海(うみ)で、みんながメダルを目指(めざ)して競(きそ)い合(あ)ったんだね!ワクワクするね
ふき出し開始

まつぼっくりくん

湘南港(しょうなんこう)が作(つく)られたのは、50年前(ねんまえ)のオリンピックのためだったんだって!知(し)ってた?
ふき出し開始

まつぼっくりちゃん

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☆聖火(せいか)リレーもやってきました!

 50年前(ねんまえ)の東京(とうきょう)オリンピックの聖火(せいか)リレーは、北海道(ほっかいどう)から沖縄(おきなわ)まで全国(ぜんこく)の都道府県(とどうふけん)を回(まわ)る4つのコースが設定(せってい)され、10万人(まんにん)以上(いじょう)の人(ひと)が走(はし)りました。

 藤沢市(ふじさわし)もコースの一部(いちぶ)に選(えら)ばれ、たくさんの人(ひと)が応援(おうえん)に駆(か)けつけました。

聖火(せいか)リレーだ!かっこいいね
ふき出し開始

まつぼっくりくん

これは、市役所(しやくしょ)の近(ちか)くを走(はし)っているところね。藤沢(ふじさわ)の鈴木市長(すずきしちょう)は、この時(とき)に聖火(せいか)リレーのランナーだったんだって!お話(はなし)を聞(き)いてきたよ。
ふき出し開始

まつぼっくりちゃん

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市長(しちょう)から皆(みな)さんへメッセージ

「東京(とうきょう)オリンピック・パラリンピックを一緒(いっしょ)に楽(たの)しみましょう」

 皆(みな)さん、こんにちは。市長(しちょう)の鈴木恒夫(すずきつねお)です。

 私(わたし)は子(こ)どもの頃(ころ)から陸上(りくじょう)をやっていて、中学生(ちゅうがくせい)のときには聖火(せいか)リレーのランナーに選(えら)ばれました。その時(とき)の感動(かんどう)は、50年(ねん)経(た)った今(いま)でもよく覚(おぼ)えています。

 オリンピック・パラリンピックは、世界中(せかいじゅう)の人々(ひとびと)の夢(ゆめ)が 集(あつ)まる特別(とくべつ)な大会(たいかい)です。

 皆(みな)さんもこの機会(きかい)に出場選手(しゅつじょうせんしゅ)を応援(おうえん)しながら、さまざまなスポーツがあることを学(まな)んだり、ボランティアとして参加(さんか)してみましょう!とても貴重(きちょう)な経験(けいけん)になると思(おも)います。

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次は君(きみ)の番(ばん)かな?

藤沢(ふじさわ)ゆかりの選手(せんしゅ)がたくさんいるよ

 2012年(ねん)のロンドンオリンピック・パラリンピックでは、藤沢市(ふじさわし)ゆかりの選手(せんしゅ)が大活躍(だいかつやく)しました。オリンピック・パラリンピックのお話(はなし)を聞(き)いてきたよ!



添田豪(そえだごう)選手(せんしゅ)

1984年(ねん)9月(がつ)5日(にち)生(う)まれ。市内(しない)在住(ざいじゅう)。小糸(こいと)小学校(しょうがっこう)・大庭(おおば)中学校(ちゅうがっこう)・藤沢(ふじさわ)翔陵(しょうりょう)高校(こうこう)出身(しゅっしん)。

 4歳(さい)から荏原SSC(えばらエスエスシー) でテニスを始(はじ)める。全国(ぜんこく)小学生(しょうがくせい)テニス選手権大会(せんしゅけんたいかい)優勝(ゆうしょう)、全日本男子(ぜんにほんだんし)18歳(さい)以下(いか)年間(ねんかん)ランキング1位(い)を記録(きろく)するなど、日本(にほん)トップジュニアの一人(ひとり)として活躍(かつやく)。

 高校卒業後(こうこうそつぎょうご)にプロに転向(てんこう)し、ロンドンオリンピックシングルス・ダブルス出場(しゅつじょう)。


▲全国(ぜんこく)小学生(しょうがくせい)テニス選手権(せんしゅけん)大会(たいかい)で
 優勝(ゆうしょう)したとき


▲ワールドジュニア'98のとき


☆テニスをはじめたきっかけを教(おし)えてください

 母(はは)や祖父母(そふぼ)がテニスをやっていたこともあり、2歳(さい)のころから一緒(いっしょ)にテニスコートに連(つ)れられて始(はじ)めました。

 幼稚園(ようちえん)のころからテニスクラブにも通(かよ)い出(だ)し、テニスの楽(たの)しさを知(し)りました。

☆テニスをやっていて良(よ)かったことは?

 試合(しあい)で国内(こくない)や海外(かいがい)のいろいろな場所(ばしょ)に行(い)くことができて、なかなか経験(けいけん)できないことをさせてもらっています。

 勝負事(しょうぶごと)が好(す)きなので、いろいろな作戦(さくせん)を駆使(くし)して勝(か)った時(とき)の喜(よろこ)びは、 何(なに)にも代(か)えがたいものがあります。

☆藤沢(ふじさわ)の子(こ)どもたちにメッセージをお願(ねが)いします

 ひとつの事(こと)をやり続(つづ)けることは大変(たいへん)ですが、やり続(つづ)けることで見(み)えてくるものがたくさんあります。皆(みな)さんも何(なに)か目標(もくひょう)を決(き)めて、自分(じぶん)のやりたいことを長(なが)く続(つづ)けられるようにがんばってください。

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▲石井(いしい)選手(せんしゅ)と 藤沢市(ふじさわし)みらい創造(そうぞう)財団(ざいだん)
 マスコットキャラクターみらぞう

石井雅史(いしいまさし)選手(せんしゅ)

1972年(ねん)12月(がつ)23日(にち)生(う)まれ。市内在住(しないざいじゅう)。藤嶺(とうれい)学園(がくえん)藤沢(ふじさわ)高校(こうこう) 出身(しゅっしん)。公益(こうえき)財団法人(ざいだんほうじん)藤沢市(ふじさわし)みらい創造財団(そうぞうざいだん)スポーツ事業課(じぎょうか)勤務(きんむ)

 20歳(さい)のときにプロの競輪選手(けいりんせんしゅ)としてデビュー。練習中(れんしゅうちゅう)の事故(じこ)により「高次(こうじ)脳機能(のうきのう)障害(しょうがい)」とともに生(い)きることになる。困難(こんなん)を乗(の)り越(こ)えて、再(ふたた)び自転車競技(じてんしゃきょうぎ)の選手(せんしゅ)として活躍(かつやく)。

 北京(ぺきん)パラリンピックCP4(シーピーフォー)男子(だんし)1km(キロ)タイムトライアル金(きん)メダリスト。ロンドンパラリンピックトラック第(だい)6位(い)。

☆自転車競技(じてんしゃきょうぎ)を目指(めざ)したきっかけを教(おし)えてください


▲中学(ちゅうがく)3年生(ねんせい)の頃(ころ)の石井(いしい)選手(せんしゅ)

 子(こ)どもの頃(ころ)は、ペダルをひと踏(ふ)みするとスーッと前(まえ)に進(すす)む自由(じゆう)な感覚(かんかく)が好(す)きで、友達(ともだち)とよく自転車(じてんしゃ)で遠(とお)くまで遊(あそ)びに行(い)っていました。中学生(ちゅうがくせい)の夏休(なつやす)みには、自転車(じてんしゃ)に乗(の)って伊豆半島(いずはんとう)一周(いっしゅう)の旅(たび)にも 挑戦(ちょうせん)しましたよ!山道(やまみち)ばかりで大変(たいへん)でしたが、坂道(さかみち)をがんばって登(のぼ)り切(き)った後(あと)に、パッと視界(しかい)が開(ひら)けて出会(であ)える景色(けしき)に感動(かんどう)しました。

 本格的(ほんかくてき)に自転車競技(じてんしゃきょうぎ)の選手(せんしゅ)を目指(めざ)そうと考(かんが)えたのは、中学(ちゅうがく)3年生(ねんせい)のときです。昔(むかし)競輪選手(けいりんせんしゅ)を目指(めざ)していた私(わたし)の叔父(おじ)さんが、「自転車(じてんしゃ)が好(す)きなら、競技(きょうぎ)をやってみたらどうか」とすすめてくれたのがきっかけです。

☆パラリンピックについて教(おし)えてください

 パラリンピックで世界各国(せかいかっこく)の選手(せんしゅ)と競(きそ)い合(あ)ったことは、とても素晴(すば)らしい経験(けいけん)でした。

 またロンドンの人(ひと)たちはオリンピック・パラリンピックへの関心(かんしん)が高(たか)かったことも思(おも)い出(で)に残(のこ)っています。ユニフォームを着(き)て街(まち)を歩(ある)いていると、いろいろな人(ひと)から「サインをください!」と声(こえ)を掛(か)けられました。車(くるま)いすに乗(の)っているパラリンピックの選手(せんしゅ)にも、市民(しみん)の皆(みな)さんが「何(なに)かお手伝(てつだ)いしましょうか」と気軽(きがる)に声(こえ)を掛(か)けていて、「とても温(あたた)かい街(まち)だな」と思(おも)いました。

 東京(とうきょう)でオリンピック・パラリンピックが開催(かいさい)されるときも、ロンドンの人(ひと)たちのようにみんなが自然(しぜん)に声(こえ)を掛(か)けあえるといいなと思(おも)います。

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☆ 藤沢(ふじさわ)の子(こ)どもたちにメッセージをお願(ねが)いします

 「自分(じぶん)の好(す)きなことを見(み)つける」ことが、本当(ほんとう)に大事(だいじ)だと思(おも)います。スポーツを続(つづ)けていると大変(たいへん)な練習(れんしゅう)もあるし、失敗(しっぱい)をしてしまうこともあります。しかし自分(じぶん)が好(す)きで取(と)り組(く)んでいることなら、何(なん)でも乗(の)り越(こ)えることができると思(おも)います。

 それと、自分(じぶん)がやりたいこと、好(す)きなことはどんどん言葉(ことば)にして、周(まわ)りの人(ひと)に伝(つた)えることも大切(たいせつ)です。私(わたし)は練習中(れんしゅうちゅう)に事故(じこ)にあい、もう自転車(じてんしゃ)には乗(の)るのは無理(むり)かな、と思(おも)っていたのですが、「やっぱり自転車(じてんしゃ)に乗(の)りたい」という気持(きも)ちを伝(つた)えたところ、「障(しょう)がい 者(しゃ)スポーツで自転車(じてんしゃ)をやってみては」とすすめてくれる人(ひと)と出会(であ)えました。その結果(けっか)、パラリンピック 出場(しゅつじょう)にもつながりました。

 みなさんも好(す)きなことを見(み)つけるために、今(いま)はいろいろな経験(けいけん)をしてくださいね。