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更新日:2018年9月26日

藤沢市文化財ハイキングコース「大庭城址コース」

コース案内(所要時間:3~4時間)

辻堂駅北口 バス7分→バス停大六天→2分 宗賢院→3分 臺谷戸稲荷の森→2分 熊野神社(旧大庭神社跡)→3分 庚申供養塔→5分 舟地蔵→12分 大庭神社→3分 成就院→15分 大口真神→2分 伏見稲荷→2分 聖ヶ谷の石造物→5分 地蔵尊→3分 庚申供養塔(北の谷共同墓地内)→5分 熊野神社・市杵島神社10 大庭城址公園→4分 庚申供養塔→3分 小糸神明社→3分 バス停大庭小学校前 バス5分バス停有藤泉秋寺バス停有藤 バス5分→辻堂駅北口

コース見どころ

大庭の地は、西部開発事業により大きく変貌しました。昭和42年度から20年をかけて終了という大規模なもので、緑深い散村風景が一変して、小学校、中学校、高等学校、住区毎の児童公園、近隣公園を擁する近代的な街並みの「湘南ライフタウン」が誕生しました。開発に伴う埋蔵文化財発掘調査の結果から、旧石器時代には、既に人々の生活が始まっていたことが明らかとなっていますが、文献では、延長5年(927)の『延喜式』に大庭神社、承平年間(931-38)の『和名抄』に大庭郷の名が見えます。大庭景親は当地の有力武士で、治承4年(1180)の石橋山の合戦で、平家方の総大将として源頼朝を破りました。大庭氏らが地盤とした大庭御厨は、12世紀初め~15世紀半ばに存続した広大な伊勢神宮領で、その範囲は現在の藤沢市南半部から茅ヶ崎市全域に及びました。小糸・台谷などの神明社は伊勢神宮の所領経営の拠点だったと考えられています。大庭城は、大庭御厨が消滅した後の史跡です。15世紀末の扇谷上杉氏の居城で、永正9年(1512)北条早雲に攻め落とされました。現在城址公園に土塁や空堀が残り、落城にまつわる舟地蔵の伝説も伝わっています。このコースは、その城の在りし日の姿に思いを馳せながら、今も田園風景の残る引地川両岸を散策するものです。

城下の舟地蔵

「城下の舟地蔵」の写真です

この舟地蔵には、大庭城落城にまつわる悲しい伝説があります。永正9年(1512)北条早雲が大庭城を攻めた時、城の周りは一面の沼で、なかなか攻め入ることが出来ず苦戦をしていました。稲荷でボタ餅を売っていた老婆に、武将の一人がどうしたものかと尋ねたところ、「南の堤を切ればたちまち水は干上がってしまう」と教えてくれました。武将は、この秘密がもれることを恐れ、その場で老婆を切り捨ててしまいました。やがて堤は切られ沼の水は引き、なんなく城を攻め落とすことができたそうです。土地の人は老婆の死をあわれみ、舟にのった地蔵尊をたてて供養したということです。

情報の発信元

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